2015年7月6日月曜日

Living in the wind ... 再びの江ノ島。

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     桃色粒子

   明日の朝陽に融けて
   淡い桃色の粒子たちと 旅の飛翔に向かいたい

   何もない この世界の静寂を 私として見ていたい

   すべてをあるがまま迎え入れ すべてと愛し合うのなら

   この先の気持ちは、形の中で何を見いだすのだろう

   朝陽にとけて 淡い桃色 金色粒子のブリザード
   風に散らして



   青野 芹

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先日の江ノ島フィールドワークから一週間ほど。俄にスケジュールが空いた日、再び江ノ島へ行くことに。先週とはまったく違うテーマ、エネルギー、空模様(に象徴される高次からの伝言)でした。

天気予報は雨なれど、この日この為に空いたと思う時は気象条件は気にせずに向かう。。。

今回は、電車の中はもちろんのこと(笑)、先日のように事前に泣きたくなるような現象は起こらず、明らかに前回とは違う意味、目的があり、前回でひとつクリアされたこと(恐らくディーザが一気に流れ込んだので今回対象になっていた『影』が癒されて昇華されたこと)で、次の段階の必要性があったのだと思いますが、それにしても自分は客観的な感覚。立ち会う、見届ける、受けとめて次に回す・・そんな感じがしました。


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江ノ島を目前にしたカフェで珈琲を飲んでいるうちに、雨はほぼ上がって、その後ほどよい『曇りときどき青空がチラリ』、みたいなお天気で夕方まで。お陰でいつもはごった返す江ノ島も比較的空いていたし、何より雨上がりの空気は清々しく、爽やかでした。どちらかというと空が清まっているというか、空にクリアリングが起きたように見えました。天上で何かあったのかな、海も土も森も、浄まってはいたのですが、空が柔らかに変容しているようだったのがとても印象的だった。。


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そうですね・・先週は太陽がサンサンの日だったし、前後の流れから「火」=「日」を感じていましたし、結局それがヒミコ、火巫女、日巫女(ひのもと=東と北に広がる古代日本王国)の巫女のテーマとして「オトタチバナヒメ」に通じるのだろうと思いましたが、今回はそういう意味ではもっぱら水でした。縄文系、出雲系の、水神としての「タケミカヅチ」それを祀る王(でしょうか)としての「タケミナカタ」そのあたりが、前日くらいから浮上して来ていました。

オトタチバナ&ヤマトタケルで象徴される日本建国にまつわる権力と、それと当時は切り離せなかった信仰(祭祀)。同じような時代の変換点、でもさまざまな立ち場や、歴史の巡り遭わせが、物語として起きていたのでしょう。水の信仰を持つ人々、太陽信仰の人々(縄文人は両方かな)が、それぞれ信仰および文明というか存在自体を、侵略され消されたばかりではなく、煙に巻かれたのかもしれません。今回私は自分自身に響いて涙が湧いてくるようなことはなく、その歴史全体を感じて見つめて、江ノ島だけではなく、大きなテーマで『日本建国史』に対峙する、それと語り合うような感覚で道のりをスタートしていました。

ただ、前日にサロンで瞑想の時間をとってみたのですが、必要なことは既にその時に起きていたようでした。その時も、岩場に座っている自分が迎え入れたものが必要なことをするのを見届けているという感じ。なので普段のアルガンザのセッション等と同じく、多次元にまたがる必要なことは既に済んでいて、それを確認して潜在意識レベルの自分と、そこから繋がっているハイヤーが、(個人としての『江ノ島問題』18年越しの記憶から)安心するためのセレモニアルな意味もあったのかな。

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小さな点でしか写っていないけれど、白いヨットが通過していくのが、何とも印象的でした。何かを象徴しているかのよう。工事中のせいか岩場には降りれなくなっていて(天候のせいかな)、また背後の窟に入るつもりも全くなくて、これまで色々な瞑想やアースワークの場面、お客さんの「太古日本へのオマージュ」で受けとっていたヴィジョンや情報を思いだしたり語ったりしながら、窟の崖、岸壁と、目のマエに広がるメタリックブルーの海、一艘だけ見えている通過していくヨットを眺めていました。

前回は「ヒミコ=日巫女」たちの話を書きましたが、今回は水の龍、江ノ島周辺、関東の海にたくさん居たと思われる黒いナマズのようなクジラのような巨大な海の守り手たちに関係することも含まれていたよう。その龍たちをお世話する役目を担っていた聖職者のような人々を以前、どなたかの「オマージュ」で見たことがありました。レムリア〜アトランティス期というか、ムウなのかもしれません。今の歴史時代の恐らく前・・サイキックや呪術的要素が表だって行なわれ、時に争いや諍いの場で使われていたような時代。龍たちが犠牲になり、聖職者であった人々が嘆いているという。。。

なぜ龍たちはそもそも海に居て、何を守っていたのか。シリウスの次元ポータルだと思います。海の中に沈んでいる、隠れている高次領域への入り口を守る。その龍たちを守る人々が居た。高次での諍いが、地上にも波及したのでしょう。。

今回は行く当日の朝、栗本さん本を読んで、電車でも読んでいたので・・・気分的には、飯豊青皇女になりきるつもり?で、糸魚川の青ヒスイ、ミャンマーのラベンダーヒスイのペントップ、そしてブレスでヒスイ祭りで出かけました(笑)。イイトヨさんは「日本で最初の女性天皇に立った人」だと栗本氏も言いますが、政治的なあれこれで恐らく7〜8世紀の記紀編纂時に、その記録は消されてしまった。それはそうですね、この方がコシの国〜ヒノモトへ出向いて、現地の支配者層だった人々とのパイプを作り(元々何かの縁があったのでしょう)、その人々が大和入りするための本拠地が河内に出来た。

その後ろ盾を得乍ら、相続争いで殺されてしまった自身の兄が残した2人の王子を守り、その独りを天皇に着けた。一時、亡命のような形でおそらく北へ行っていたのでしょう。よくある話として想像されるのは、自分の乳母だとか、身近な人がコシの出身だったのかもしれない。その筋を頼り亡命したのかも。

6世紀に急に中央政権の中枢部として現れるソガ一族を、大和へ迎え入れることで歴史を変えようとした。自分と、兄の子たち、相続権を守りたかっただけかもしれませんが、文学的に彼女を捉えると、そして理想を膨らませると・・高次からの導きのような、突き動かされる何かで行動していたのかもしれない。「青の皇女」(あおのひめみこ)と言われている「青」は当時はヒスイを表す言葉で、新潟県の糸魚川が一大産地、同時にそれはコシ国の中心地でした。

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こちらはディーザリモコン、と呼んでいる。フィールドワーク用のミニディーザ・ヨロシロです。↓

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栗本氏の説とは違うところですが、私はやはりソガ一族はもともと出雲だったと思うのです。イズモ、カツラギ、を経て・・同じ大陸由来系のハタ氏とともに、古き良き(先住の縄文人たちと共存する)ヒノモトを、作り上げていたのではないか。。。「弥生人」でくくられる中の先発隊ですね。大陸からの移住はそれこそ1000年近くに渡る長期、幾重にも起きていたと思いますが、その中で大きく日本の文明開化を齎すキッカケになったのが、中国からの移住集団であったハタ、そしてソガだったと思います。

守らなければいけない筈の、超古からの神なる力のようなもの、それを象徴する場所や、そのために培われていった日本先住の(レムリア人たる)縄文の人々の文化。そうではない勢力が日本の中心を押さえて更に支配を南北に拡げようとしている中、その中枢部に生まれながらも、歴史の流れをFix、修正しようと(無意識か、シャーマン的に高次から受けとっていたか分からないけど)していた中の独りが、イイトヨさんだったのでは。。。と、文学的理想・妄想とともにイメージしています。同じくは聖徳太子といわれる斑鳩王ですね、どちらもソガと絡んでいる。

今回はそんな風に、「建国史」全般に想いを馳せながらのフィールドワークでした。

そしてこれは、ライフワークというか。。。
恐らく、その24歳の「負のスイッチ」の当時も既に、考えていたことで、20歳ころから始まった古代史探究と、当時の自分なりのアースワーク・・(そう、今思えば結構シャーマニックに動いていました/笑)・・仏教徒としてですが地鎮や歴史の癒しもしていましたし、過去生ワークも自分なりに。ただ、ニューエイジの叡智がなかったから、巻き込まれたり堂々巡りしたり身体に来たり精神に来たりと。まったくもって基本がなってないような状態でしたが・・・・

そんな時代に、『ハピ』や『ガイアナ』よりも先に構想していた日本古代史の長い長いシリーズもの。その中味が結局、リアルにこの数年、アースワークとして出て来ていたし、アルクアンドロ創世記が落ちついた後の流れで、地球上の時間の流れに沿うように整理されつつある。そしてそれは今、必要なのでしょうね。私たち個人にとっても、より大きな意味でも。

海のワークが一段落し、今回はいつもは入らない森へも、踏み入ってみました。


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往路はスルーした中津宮と、辺津宮に挨拶しながら下山。
いつもはあまり気にしない(失礼、、)辺津の宮には、時節の祭礼でしょうか、お花で出来たくす玉のようなものが掲げられていました。女神の神社ですから当然かもしれないけど、それにとても女性性を感じました。浄められた空に、お花のくす玉。風になびく五色の布。

勝手にですが・・江ノ島で象徴される「時代の変換点で犠牲になった女性性、女性的調和の時代からの聖なる力」が、癒されて・・「ばんざ〜い」(新たなユニティがこれから始まる)・・・と、言っているかのように、この辺津宮のお花のくす玉と青空を見て、自己満足していました。笑

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カラっとした暑さではない所が、何とも今回の二度のフィールドワークおよびセイキムセミナーも含む江ノ島ワークを象徴するかのようでした。優しく、柔らかく。

癒され浄められた女性性・聖性。関わった女性たち、女性に限らないけど女性的なユニティ(調和)の文明であった時代から継承するものを守ろうとしていた人々、そこで共に在った自然界の存在たち。時に悲劇が起きようとも見守ることで人間たちの自由意志を尊重しようとしている、それでも自らも傷付いてしまう高次の存在たちの眼差し。想い。

人間としてのパーソナリティで、一番共鳴するものは、
「歴史全体」という大きなくくり。

24歳で「負のスイッチ」が入ったとき、江ノ島に込められ濃縮されていた、日本全国の「ゆがめられた太古からの聖性」「隠され封印された日本という土地が本来もっていた霊的土台」「それを守ろうとしていた女性的調和時代からの精神文化とそれを担う人々を襲った悲劇」・・・という、岩戸が開く前に、その扉の前に置いてあった石を踏んだ(=轍を踏む)体験が始まったのでしょう。

そこから意味もわからずにユウウツになり、死神を背負ったような状態でひどい時は生きていて、這い上がる形でヒーリングと出会い、そこから、光と歩み出してから、多分13年ほど。この13年の中にも色々なアップダウンがありましたが、今年の春にはスピリットの大カルマであったアンドロセラフィム問題もかたづき(笑)、今回の江ノ島においては、18年前にリアルな三次元の私に訴える形で展開しはじめた、同じ次元層で転生を繰り返しているソウルの、それも自分だけではなくグループ全体のソウルたちともどもの「区切り」が、巡って来たということだろうと思います。

つまり、日本建国史が、整理されなくてはならない。
ソウルの歴史絵巻といえども、上記のように歴史全体を俯瞰しそこに共鳴するという自分の感覚は、スピリットから来ている。スピリット自身の感覚が、私に流れ込んでいると言える。スピリットの目的は、何度もソウルを派遣している意図は、そこにある。

感情をともなうロールプレイはもう要らない。

マインドがアストラル体を飲み込み、オーラ体を統合する。ハートが魂からの、スピリットからの「目的」「感性」「意図」を流し込むことで、スピリットとして地上で生きる人へと進化する。

スピリットが、地上の人として生きている。

「ライトワーカー」を自認する人々が目指しているのは、そこですよね

目指さなくても、宇宙のフローに乗っていれば、自然とそこへ辿り着く。

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島から陸地へ戻って。

夕方、空は本当に優しくて、清らか、無垢でした。

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最初は淡かった富士山も、そのうちに姿を見せてくれました。

Love and Grace,

Amari