2015年6月27日土曜日

江ノ島・続編/女酋=日巫女たちを表舞台へ。

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 前記事からのつづきです
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因縁めいた?江ノ島とのおつきあいの始まりは、遡ること18年前の、24歳。私がわりと元気だったのは、19歳から23歳ころがピークで、人付き合いやアウトプットに楽しさを見いだし、国内外の旅行や、音楽を作ってみたり、ライブに観劇、歴女としての学びや、仏教修行、小説の執筆や趣味の写真などなど。外の世界の中で自分を動かしているのが好きだった時代。・・・それを、終らせるキッカケになったのが、24歳の春の、江ノ島ひとり旅でした。

これといって何も無いのに、重たくてつらくて仕方なかった不思議な旅。江ノ島へ行ってから、新潟へ帰るまでの記憶が、翌朝起きた時には無くなっていて。写真はカメラの不具合なのか、たくさん撮ったはずなのに、一枚も写っていなかった。何故、行こうと思ったのかも分からないナゾの一人旅。そしてこれをキッカケに、気分的な低迷が始まる。ウツな時代、何か負の影を乗っけたまま生きているような時代は、このあと5年つづく。。ゆえに江ノ島は、「負のスイッチ」として、トラウマのようになり。

新潟、東京、千葉(新婚時代)、離婚後の新潟、奈良、を経て・・・(ウツから生還してシングルマザーのヒーラーとなっていた自分が)・・・横浜へ移り今のサロンを開いて、ようやく必要性を感じ、アースワークとして、トラウマである江ノ島へ出向いたのが、2013年10月。
こちらの記事:「天地創造の光/江ノ島レコンデイ」
http://sekaijunokokagede.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/day-5478.html

以降、昨年は二度、行きました。

9月と12月。これらは今思えばまさに、闇と光でした。9月にはオーヴァーソウルレベルの数百、もしかすると数千というユニットの魂に響くこととなった、闇にまつわるワーク。正確にいえば、闇に堕ちた側のグループと、自分のオーヴァーソウルの光(もとは一つだった)の集合体を、再び融合へ導くような形になりました。もちろんそんなことはその時は分からず、ただ直感に従うばかりでしたが、結果的に。

この時のことを「江ノ島・裏ワーク」と呼んでいますが、ちょうど昨日の二期卒業式の記事の中で書いていた、二期の人々が興味津々で聞いてくれた話というのは、この時のこと。行った直後に二期の顔合わせ会があったので、以前から「古代の奥扉」以来、アースワークでコラボしていたAさんが二期生にいらっしゃったので、その報告をと2人で立ち話していたら、視線を感じ・・皆が聞いてくれていたという流れでした(笑)。

さて、19から(29歳まで)仏教徒だったのでスピリチュアル女子ではありつつも、まだメタフィジストでもなく、何も分かっていない時代に、何気なく行こうと思った一人旅からウツになるくらいですし、他の人々も同じく、江ノ島に自身の負の記憶が関係しているようだという話は少なくない。それでいて今は弁財天という女神の聖地になっている。龍も絡んでいる。その不思議さは誰もが思うところで、昨今は江ノ島でワークするヒーラーさんがたもとても多いですし、メタフィジ女子は多く足を運んでいるはず。

一方で、前記事に書きましたが宇宙時代からの、エネルギーの秘密、歴史時代の土地としてのカルマはたくさん隠れていると思われる。。。「それぞれが、それぞれとして、気になったら出向いて個人的にワークしていたらいいんじゃない?」呑気な私はそんな構えでこれまで来ました。

ここまで前置きにして・・
昨日のカレッジ木曜クラス。
生徒さんのうちお一人、Y さんは、昨日の午前中に私がupしていたブログを読んで下さったのか、「江ノ島に行かれたんですね?」と訊いてこられて。「うん、、、」と軽く江ノ島の話題を話していたのですが、そういえば彼女も「自分の周りで最近、やたらと江ノ島に行く人が多くて」と話してくれていた少し前、ご自身も行かれたようでした。

ここまで、相変わらず「何となく」の構えの私。
でもそういえば昨日はちょっと頭の回りが悪いというか、エネルギーに包まれてボウっとしているような感じはありました。今思えばですが。

その後、ロフトに上がってのワークタイム。
呼吸法から、チャクラに色を入れていくというワークをしていた時、私の対角線で座っていたYさんのお腹、ちょうど第二チャクラのワーク中に、もわもわっと何か出て来たと感じました。ただ、こういう事はそんなに珍しくないので、「あ、いらないものが出て来たのかな」と流していると、その、くすんだオレンジ〜ちょっとグレーがかったピンクみたいな色をしたエーテル物質が、だんだん膨らむように感じました。

まるで、アラジンの魔法のランプ・・えっと「ジーニー」でしたか、あれのように、Yさんのお腹から出てきたモヤモヤっとしたそのくすんだ色のエネルギーが、人間より大きいくらいのサイズに広がったのが見えて、思わず目を開けてしまう。インナーヴィジョンで見えたものを冷静に整理すると、これは「よくあること」というより、何か特記事項かしら・・・と、考えて。ちょうどワークの切れ目でもあったので、一旦止めて皆さんに声を掛けました。

今、アリスベイリーの読書会で読んでいる著書の中にも出て来ていましたが、「直観」といって、シンボライズされているものや、この地上に顕現している自然界の色々などから、それが霊的に、宇宙的に何を意味しているか、宇宙的本質や意義とは何かを読みとる力=直感力、これが、ヒーリングをしていると常々、使っているツールというか、センサーになります。私はこの時に見えたものの、ヴィジュアル的な特徴や、質感や、色やシンボル的意味から、次のように整理しました。

女性性に関するもの。古いエネルギー。
女性性の、先達、先祖、などの「女性的権威」を思わせるもの。例えば祖母など。
実在しない動物のように見えたので、異形というか、もしかすると龍など宇宙系の生命に関する。
心地よいもの、美しいものとして在る訳ではなく「変わり果てた」ような感じから堕ちたモノ。

など・・それが、彼女の第二チャクラにあって、とても長い間とどまっていて、現世では気力や体力や行動力など、第二チャクラ的要素を「削ぐ」「抑圧する」形で作用していた。

「・・・(何だとはハッキリ言えないけど)そういった不要なものが抜けていったようですよ」とお話をしていました。

この時もまだ、「何となく」・・・これで終るのだと普通に構えて、次の続きのワークに入った所、大きなスクリーンで額の前から空間に、とある映像が映し出されてびっくりしました。

まさに江ノ島の岩屋のような洞窟から、波打ち際がわりと近くにあるような場所で、3人の女性が木の板の上に載せられ、縄でくくられています。青、紫、ピンクのようなそれぞれ違う色の装束を着ているのが印象的でした。

「あれれ、何か(映像が)来た〜。続きがあるのか。」と思ってみていると、前日の電車の中と同じく自分が悲しくなるあの感覚が再び来ました。。「ただごとでは無いかも。。何か大事なものが見えている?」という気がすると同時に、腕にババっと鳥肌が。

見えているヴィジョンの中では、ひとり男性の役人のような人が見えていました。弥生人のような装束をしていて。その男性が、板にくくった女性を一人ずつ、板ごと引きずっていき、岩場から海に落としてしまいました。次々と・・・

(また鳥肌)(そして涙)

ああ、今見ているのは、Yさんの過去生なんだろう。それが異形の変わり果てた生命体のような、でも辛うじて女性性を帯びていることが分かるようなエーテル生命と化して、その時なくなった女性の記憶、感情エネルギーが、転生を越えても彼女の第二チャクラに隠れ続けていた。

(さらに涙)その間もずっと、カレッジのワークの誘導は続けていました。

ヤマトタケル伝承というのは、栗本慎一郎さんいわく(『シリウスの都・飛鳥』を参照下さい)ほんとうは「ヒノモト(日本と書く)」と名乗っていた東北のクニ、縄文系の人々、それとゆるやかに結んでいた渡来人(日本史的には弥生人としてまとめられていますが)の一部、ソガ系の人々(私はこれをイズモだと思っていますが)、ソガ系の息のかかった日本海側のコシの国や、太平洋側のヒタチ(鹿島が一大文化拠点)などの、いわゆる先住のゆるやかネットワーク連合国・・・・が、北九州から上がってきた新勢力に駆逐され滅ぼされていった事への、鎮魂歌であるということです。

栗本氏の説は私には、うんうん、わかるわかるという、理屈抜きで共感できるお話なのです。だからそう思っています。(自分の感覚がまずは指標ですから)

英雄であるはずが、これでもか、これでもか、と痛い目にあって、最後には白鳥になって飛んでいくヤマトタケルは、白鳥を戦士のシンボルとする、極東ロシアあたりの遊牧民出身であるという(栗本氏の見解)ソガ系の人々の、物語的なシンボリズムだとか。本来ならば敵で征服者側であるヤマト政権側の王子であるとすることで、物語が抹殺されるのを避けたのかもしれません。

似たような印象を持つのが、出雲神話のオオクニヌシ。自分では特に何もせず、いつも苛められたり陥れられたりして、女性たちに助けてもらう。イズモがイコール、ソガであるならば納得。。そう、日本の歴史は後の藤原氏の手で大幅に書き換えられていますが、その最大の犠牲者はやはりソガ一族ですし、彼らがゆるやかに結託し、互いを認め合って共存していた縄文の人々、双方が融合して生まれていた文化圏や文化そのもの、歴史そのものが、日本史のオモテからは消されてしまいました。

さて、その「ヤマトタケル伝承」の中で、一番印象的なエピソードが、オトタチバナヒメの走水あたりでの入水による犠牲。以前から何度も書いて来ましたが、私はこのストーリーは、縄文系あるいはソガ系、または両者が融合した文化圏の、部族社会の女性指導者たちが、何らかの理由で関東の海辺に集められ、犠牲になったという事実が隠れているのではないかと思います。『古代の扉」でも何度か話題に出たり、ワークを試みたことがありました。が、何かパっと進展するような流れは生まれないままでした。

1年前に走水に行った折も、走水神社のエネルギーは素晴らしかったけれど、その女性たちの負の要素については余りワークの必要性を感じることもなく。。。ただ、それより先に2012年11月に大山に行った時は、当地は山頂に男性の龍神がまつられているのですが、そのご当地の神限定かどうか分かりませんが、縄文期の女性たちで、龍神に仕えていたような巫女のような人々が、江ノ島で悲劇にあったのだろうとは、山から降りてきた時、鳥居の向こうがちょうど江ノ島が額に収まるようにそこにはまっていたのを目にした時、肌で感じました。彼女たちを慰めるような、まなざしをその鳥居をフレームのようにして、感じました。

江ノ島で巫女さん系の人々が、、どうやらひどい目にあっている。
走水付近の波打ち際に、女性がたくさん(それこそ流血含め)犠牲なったような光景が。

というのは、これまでアースワークをしてきて仲間内で見たり感じたりしてきた事ではありました。2013年の走水で、海岸線に向き合っていた時には、「オトタチバナヒメ」で表されているのは、数百、もしかするとそれ以上の女性たちが、全国から集められて何かされたのではないかという感覚は受け取っていました。タチバナというのは恐らく、聖徳太子なども絡んでいることから鳥とともに、ソガ系の表象なのだろうと思います。

縄文の部族社会は、石器時代の文化ですからおそらく母系社会。少なくとも部族をすべる長は、実際に古事記日本書紀にあるように「女酋」(じょしゅう)つまり女性の酋長。当然、信仰と一体となっていたでしょうから、巫女、シャーマンだったと思います。今こうして書いていてそういえばと思いましたが、10年以上前に書いていた『ハピの巫女姫』ですでに、征服者集団が大陸を荒らして「聖職者狩り」を行なったというのを書いていました、そういえば(笑)。そして主人公は部族社会の「酋」として追われる身になっているという所から、物語が始まります。

そうかと言って、いろんな要素をあえて繋げようとしない人なので、昨日のヴィジョンを見て涙と鳥肌が出るまで、江ノ島問題の真実については特に考えて来ませんでしたが(分かる時には自然と分かるだろうと思って)・・・・一気に頭の中で繋がってしまい、前日訪れてディーザを招き入れたゆえだと思うと、畏怖心で鳥肌が。。ワークを終えたとき、興奮を押さえ乍らもクラスのお三方にシェアをしました。


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走水というのはちょうど、海路の要衝だったのだと思います。日本全国から・・と言っても、いわゆるヤマト新政権側に従わない「ヒノモト=イズモ=コシ=ヒタチ」などの連合国側の、その中でも、抵抗をつづける部族の長や、当時は基本的に女性が多かった祭祀的な立ち場にある人々、つまり聖職者たち。特に多かったのは、文化拠点だったと栗本氏が言っているヒタチだったかもしれません。そのあたりから集められた女性たちは走水あたりで海に落とされたかもしれないし、江ノ島は、昨日みたヴィジョンからして、最終処刑地のような感じで、それこそ岩屋に込められて、最後まで恭順しないと海に流されたのでは。。。

千葉の沿岸部には、袖ヶ浦(そでがうら)という地名もあるように、「オトタチバナヒメの袖が流れてきた」とか、「同ヒメの櫛が流れついたから祀った」という神社があったりと、タチバナヒメ伝承はあちこちに、それも海にまつわる形であるのですが、独りの姫ではないでしょうと考えるのが、すっきりすると以前から思っていました。たくさんの「ヒメ」が流されたとすれば、あちこちに袖や櫛や、遺品などが流れ着いていることでしょう。地元の人々は丁重に祀った筈ですし、征服者側も、女神系の神社を立てて鎮魂したことでしょう。(よくある怨霊封じによる神社建立。ちなみに当時『神社』という形式はまだ無かったとは思いますが、なんらかの祭事場として)

このアジサイの写真は、奇麗だったので何気に、奥津宮の前の一画を写しました。昨日、後半のワークの瞑想で見えた「板に載せられた三人の女性」は、まさにアジサイカラーの装束を来ていました。ブルーと紫とマゼンタのような。ちょっと古代的ではないので、何か意味が込められたシンボルかしらと思っていたのですが、今日になって写真の加工をしていてピンと来ました。奥津宮はまさに、そういった犠牲になった巫女たちを祀ることから、始まった聖所という事なのでしょう。

そう、私はもともと「宗像三女神」信仰は、こういった巫女さんたちの鎮魂なのではないかと思ったりもしています。

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そして更に昨日、カレッジが終って頭を整理していたら、思い出したことがありました。

去年の9月、「裏」ワークで出向いた際に、稚児が淵の波打ち際あたりをウロウロしていると、今回「気になっていた」表側から見たらちょうど右手の沿岸部になりますが、小さな岩場のような所に姿を見せている、女性体が・・とても古そうな、その姿が白黒というか、セピアカラーのように見えるやせ細った人魚のような女性たちが、たくさん居るのが見えました。私は普段は肉眼のヴィジョナリーではないのですが(だから助かっています)、セッション中や瞑想中などエネルギーが高まった時には肉眼でも浮かび上がるものが見えることは割とあり、江ノ島に行くとどうも、インナーヴィジョンも含め比較的よく見えてしまいます。

この時に見たものは、仲間内では「太古の人魚かな」と言っていたのですが、(それもありだとは思いますが)今回を終えてみると、江ノ島から流された少なからずの縄文系女性シャーマンたちの、地縛している姿だったのだろうと思いました。

歴史探究、日本古代史探求を始めたそれこそ20年以上前からの頭の中の探求はひきつづきありつつも、アースワークに関しては、私があちこち聖地に興味を持っていたのもまた20年前のことで、今は「宇宙エネルギー層担当ですから・・・」と、上層部受け持ちを自認していたのですが、今回はまさかの歴史の1ページ、女性たちの悲劇にダイレクトに共感し、鳥肌と涙を禁じ得ないひと時でした。

「(この繋がり具合、進展具合は)目の前に当事者の方が居て、前日、江ノ島にいって来たからね。。」と昨日話していましたが、見えたビジョンの中ではY さんが当事者だったとしても、18年前の「負のスイッチ」を思うと、そして神奈川へ戻ってきて、多角的に多層的に江ノ島ワークをしてきたことを思うと、私も他人事とは言えませんネ。。。(電車で泣いていましたし/笑)

それにしても、本当に良かったなと思ったのは、
昨日、江ノ島がらみでこんな風に展開するよりも前に、「Yさんの様子が今迄と違う」「なんか軽やかで爽やかで、キラキラしているよ」「変りましたね〜〜」と、クラスメイトの方ともども、言っていた所でした。その後、こんな風に展開してみると、彼女も大きな・・重たくて悲しかった記憶とエネルギーを、解放することが出来たのかもしれません。

少し前から私に江ノ島の話題を何度かふっていた彼女は、そんな自分について
「催促していたのかもしれませんね〜」と、笑っていました。

そうなのかな? ふふふ・・・
すべて繋がっているのでしょうね。

去年の裏ワーク、世玲那さんが数日前に行なったというワーク、そして何気に行こうとしていた一昨日の江ノ島が実は「ディーザ来臨」であったこと。

これまでも、色々な方々が江ノ島ワークして来ただろうし、アルガンザとなんらかの魂の繋がりがある方が限定かもしれませんが、、、全国の縄文系巫女であったかもしれない人々、ソウルが、ディーザによって癒され、地縛エナジーを自らの中にリトリーバルし、江ノ島や近辺の海にまつわる悲しい記憶をもう、自分自身の中で許してあげられたらいいな。Y さんのように、キラキラして急に軽やかになったという人が、他にも居るかもしれませんネ。

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わたしの20年来の「江ノ島問題」もこれで終るかしら。。
いやきっと、これからが本番というか。(笑)

昨日のカレッジを終えて、Yさんの過去生の風景を振り返っていた時、こういう女性たちが本当に居たということが実証されれば、江ノ島に慰霊碑みたいなものが立つかしら。と。。。いや、そんな物はいらない。物語を編み上げればいいのかもしれないと思いました。

そうなんです、じつは、「ハピ」や「ガイアナ」よりも先に構想していた日本古代史の700年間くらいの歴史を描いた超シリーズでまとめようという歴史ファンタジー小説。時間さえあればいつでも書けますというくらいの、情報とエネルギーは入っているつもり。

まるで人ごとのように「老後の楽しみ」とごまかしているけれど、来年あたり書こうかな。それが何よりの「慰霊碑」になるのではないか。
と思ったりもしました。

こうしてみると、「シーキャンドル」もある意味で鎮魂のキャンドルと思えてくる。

少し調べてみましたら、
縄文人の人口は、晩期に寒冷化で激減しつつも、また稲作の伝来で増加して、弥生時代には60万人居たそうです。(ナショジオ日本版より)60万人が幾つの部族あるいはクニに分かれていたのか。そこには女性シャーマン(何も女性限定ではないのですが、主に当時の聖職者は女性であったと思われるので)がどのくらい居たのか。考えると、結構な人数なのではないかしら。数百人、数千人?

それらが、「ヒメ」という名称で独りの女性として語られたりしているのかも。色々な物語のヒメ、色々な神社に祀られるヒメ。そう、ヒメという言葉はもともと「ヒルメ」から来ていて、ヒミコと言われる女王が「オオヒルメ」という別名であったことはよく知られている。男性は「ヒルコ」これが後に「ヒコ」(〜彦)になります。

「ヒ」という音のルーツは色々と考えられますが、火であり日(太陽)である他に霊(ヒ)であるというのが、一番自然かもしれません。というより、火や日が、霊(ヒ)から来ているとも考えられる。そしてこれはそのまま「宇宙エネルギーである」と、私は思っています。ですから、

「ヒミコ」「火・巫女」「日・巫女」とは・・・「宇宙エナジー(神のエネルギー)を扱う女性」たち。日本全国にはたくさんの「ヒミコ」が居たはず。そして古くからの神々から預かった聖所を守ろうと、身体を張って役目に着いていたのでしょう。。。。。

Love and Grace,
Amari

2015年6月26日金曜日

宇宙DNA狂詩曲(ラプソディー)『 リラを思い出して』パート2/ 江ノ島編

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6月24日、江ノ島へ行って来ました。
前回、このブログに載せた昨年の12月始め以来なので、半年振りになります。

今回なぜ?というのは、決めたのは本当に何気なく。このところは、エネルギーの変動やものごとのフローがまた急速なので、飲み仲間、もとい、ヒーラー/アースワーカー仲間との定例?ミーティングの日程的なタイミングもあって、何となく配置。とはいえ、前後にセイキム、事前に2期卒業式が終ったばかりで仕事もたまっているだろうにと思いつつ、なぜか「大丈夫。ここがベスト」というフィーリングでスケジュール。

仲間は俗のお仕事ゆえに、江ノ島へはひとりで出向き、夕方に合流してワインミーティングのつもりでした。午前中ゆっくりと仕事をしてから、のんびり出向いて少し江ノ島を散策しようというつもりで。

小田急江の島線に乗っていると、昨日の二期卒業式の記事に書いたように、まずは二期生の顔が浮かんで来て、改めて魂の縁で集まったと感じてジンワリと感動していたところ、そこから先、恐らく同じソウルモード、さらにはより高くスピリットモードへと自分の意識チャンネルが変っていったようで、6次元スピリットから、更にはオーヴァーソウルの域に融けた感じがありました。たまにあるのですが、自分の三次元意識もキープしたまま、惑星レベルで歴史や人類を俯瞰し、「すべてを知っている」自分の感覚の中に入る時があります。

すると、ハートの奥から出てくるような、実際の水分は少ないのだけどエネルギーのような、まるで女性の声で唄っている歌声のようがものが広がっている世界からの「涙」が、別次元から湧いてくるような涙が、出て来ました。こういう時はたいてい、ハートの奥の次元扉が開いて宇宙が見えているような感覚になり、そこを、何か必要なエネルギー(なのか、オーヴァーソウルの想いなのか)が、突風のように吹き出して来たりします。ハートのまん中に風穴、そして怒濤の宇宙からの流入。この感じが来るとますます、涙が出て来ます。

去年の9月、「江ノ島(裏)ワーク」に出かけた折、数日前にこれが起きて(その時はバスの中/笑)いましたが、今回は、それほど強烈ではない。そんなことから思ったのは、自分が当事者である所は昨年の9月に済んでいて(次の「続編」記事でまた触れる予定)、今回は、おそらく続く仲間たちに関わる事で行くのかもしれないと、感じました。悲しいような切ないような、愛であるような不思議な、ハートからの涙の感覚が高まった時・・・無意識層から、聞こえた自分の感覚がありました。

ソウルの仲間たちと魂で再会しているのは分かっているけれど、どうにもならない、自分は独りだ。人はどこまでも独りだ。これに耐えていった先に、ワンネスへの回帰と融合がある。。。でも、切ない。魂は、自分は独りではないといつも感じていたのではないか?

思考というより潜在意識がひとりごとを言ったような感じだったので何となくそれをやり過ごしていると、ふとまた直感で「スマホを見なさい」という感じがして、開いてみました。すると、アースワークをアルガンザで始めた頃からの仲間である神奈川在住のSさんからメールが入っていました。実は、家を出る直前にやっぱり彼女には伝えておこうと思って、「これから江ノ島へ行ってきます」のメールをしていました。育児で忙しい彼女だから、出先でも見れるように携帯へ。その場でもしタイミングと彼女の直感次第で、遠隔で連動することもあるかもしれないという気持ちで。。。

すると「今ならば出れそうなので、子連れですが合流します」とお返事が。嬉しい驚きとともに、少しハートの悲しさも落ちついて、再び電車で瞑想体勢になっていると、以前からSさんは「お隣の集団」の母なる存在のように思っていて、私自身のグループと、彼女のグループと、何か恊働作業があるのかなという気になってきました。そして、この前彼女と会ったのがちょうど一か月前で、その時も予定外の急な流れでその場に居た他の2名(セイリオスメンバー)とともに四人でワークすることになっていました。

あらら、もうその時なにをしたかが思い出せないのだけど・・そのワーク直後、やっぱり今回のようなハートが深い(高い)自分を越えたレベルから切ないようなエナジーを送り込んでくるという現象が、少し、軽くですが起きていて・・・その切なさって、ある意味では歓びを含んでいるような、何とも表現しがたいもので、「慈悲」という言葉が近いのかもしれない。で、この一月前のワークや、自分やお互いの反応については、とくによく分からないままそれぞれ持ち帰っていました。

私のほうはその後、この時のワークの反動なのかリリス的なものの襲来が次の日にやって来ていて、自分自身はもう色々と済んで来たので、これはアンドロ創世記の時と同じで、自分が去年の春と秋のツーステップで終えたことを、集団、つづく魂たちのレベルでなにかせねばらなぬのかなと感じてはいました。ただ、足元をすくわれないよう、これを機に「セイリオス」を「場当たり的に直感でうごく」瞑想会ではなく、アースワーカーの仲間たちを強化する場に変えようと決めて、ページを作成。

そんな経緯がありました。

お互いの電車はピッタリと、違う場所から私たちを運び、ほんとうにピッタリと同時に江ノ島駅で合流しました。Sさんいわく「あの時間にメールいただいたのが本当にタイミングがよくて、あの時じゃなければ『行ける』とは思わなかっただろう」とのこと。いつもなるべくそうしようとすべてに関して思っていることではありますが、メールのタイミングや、家を出る時間、、まさに必然だったようです。

Sさんとは2年前に、私が16年のトラウマを越えて足を向けた江ノ島行きの際にも、彼女は上陸はしないもののランチをご一緒していて、その時に会っていた二代目のSちゃん(仮名)は3歳近くになっていて、ママにそっくりで、「シャーマン二代目なんです」という彼女とともに、とにかくはせっかくご一緒するので島へ渡ることにしました。

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今回はなぜか、こういう磯というか、向かって右手の岩場と、その先の海が気になって仕方ない。いつも違うテーマ、違う層が混在して現れてくる江ノ島。宇宙時代にシリウス系の要所があったと思っているのですが、その後、物質と非物質が分かれた時代になってから、本当にそこが物理的に隆起して今の江ノ島が出来たのではないかな。宇宙エナジーが眠っているところには、恐らく太古や超古には、守り手である龍たちや、ディーバたち、更に時代が進んでそれらと交流しその地を「神々」から預かった地として守ろうとする聖職者たちが集う。

そして更に地上の波動が落ち、人類が利己に堕ちて以後の今の歴史時代になると、かつての恵みの「神々」の聖地を壊していくための逆の力が、集団や人物を使って歴史に争いを齎し破壊を起こしていく。けれど「恵みの神々」たる側の宇宙存在たちは、それをある意味、静観する。人類が自ら歩む時代に入っていて、「神々」の影響力はさらに少しずつ潮が引くように奥に隠れていく。けれど勿論、眼差しはずっとそこにあります。が、歴史の中の人類同士の争いで、聖地は穢されていく。エネルギーが隠れている場所ほど、戦場になったりします。または深い封印に入って裏寂れていく。

江ノ島は、恐らく前者で。これまで色々な江ノ島を観たり感じたりしてきました。シリウスの拠点があった時代。その名残で、「神々」は去ったけれどそのポータルとエネルギーを守るべく、クジラのようなナマズのような、巨大な黒い海の龍たちが、江ノ島や付近の太平洋にたくさん生息していた。シャンバラに通じているポータルを守るのが、彼らの役目。

そして、彼らのお世話をする、「神々」にも通じる一部の人々がある種の信仰形態の聖職者のように自然となっていき、龍たちやディーバたちとともに、海や、山や、その他各地の扉やレイラインを守る時代が来る。それが長く続く・・・日本の場合は、レムリアや、その後の流れをひく縄文時代。縄文というのは、世界史的に表現すれば「石器時代」になりますが、世界中の石器文明では同じような遺跡をつくり、別次元に居る神々と密に繋がった人々によるレムリア的な調和時代がつづく。

それを壊す人々の文明が動き出すのもまた、世界で一斉に起きていく。日本も例外ではなく、恐らく縄文末期からジワジワと。そして弥生、古墳時代にはかなり凄惨な「石器時代人たちへの抑圧、征服」が起きていたと思います。が、それは古代だけに あまり詳細には歴史の中には語られていない。それを、形を変えて残したものが、『ヤマトタケル伝承』であると栗本慎一郎さんは言います。私もそう思っていますし、2012年に「古代の扉」としてアースワークを始動した時から、その話をずっとしてきて、でもさほど進んでいなかった。それがどうやら、今回一気に加速したようです。

というのは、水曜日に江ノ島へ行っているあいだにはまだよく分からなかったのです。一夜明けて、昨日の木曜クラスで急展開しました。記事を分けて次に詳細を書きたいのですが、まずは、当日の江ノ島での流れを先に綴っていきます)

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

二代目シャーマンのSちゃんの繰り出す絶妙な、歩んだり止まったり、行ってみて戻ったり・・は、まるで何か、タイミングを合わせるためであるかのよう。Sさんのお母さん振りに感心敬服しながら、お二人の様子に合わせながら、海や風や陽射しの中から、高次の意図を汲み取ろうとしていた私。相変わらず人ごみが凄い。何だか、まだまだその時じゃないという感じがする。Sちゃんも前に進もうとせず、弁天橋を渡り切ったあたりで時間を潰すように遊んでいる。。

この分だと、仕事を終えた仲間のKさんが合流するまでに、上または水場に行って戻ってくる感じではないだろう。。こちらに来るのが「必然」なのかな?と思って、メールを入れておく。。当初は島へは独りで行くまたは今回は渡らないかもしれない、そしてご飯時に陸側で合流する予定だったのですが、ハっと気づいたのが、アースワークはアルガンザではよく「4人」をユニットにする場合が多い。上記、一月前にSさん、Kさんともう一人の方と急な流れでワークした時もそうだったし、読書会がちょうど11日にあたったとき、2人がお休みで4人になり、瞑想してみたらかなり凄いエネルギーでした。普段のカレッジも3名のクラスで私を入れて4名。

二代目のSちゃんは、いつもママをナビゲートする役目もあるよう。ママが認めるちびっこシャーマン。ということは、Kさんの到着を待って、4人揃う時にどこで何をするかも分かるのかもしれない。。。と、思いはじめました。

今年一番かと思うくらいに暑い日でした。太陽が凄い。
最初に予定を入れた時、天気予報は雷雨で、「スサノオ系のワークでしょうか」と思っていたのですが、天気予報は日程が近づくにつれどんどん変っていき。まさかの太陽さんさん。江ノ島で不審火、それも観光客が入れない岩場で火が出たというニュース?を、つい前日のセイキムセミナーで生徒さんに聞いたのも何かひっかかる。水と思いきや、今回は火のエレメンツかもしれない?

私自身のオーヴァーソウルのユニットと、世玲那さんのユニット、これらをヴェシカパイシスのように重ね合わせて、何か融合的な意味があるのかなという気も、電車の中でしていました。いつもながらに高次まかせなので、思考しつつも考えても仕方ないと、沙也ちゃんの歩みにペースと道を委ねるようにしながら、辺津宮と中津宮はスルーしてバイパスの坂道から頂上へ。奥津宮だけお参りしました。その時急に閃いて、

「やっぱり、ディーザだ。」

冷静になれば当然なのですが、いつも私ってどこか呑気というか、受け身が過ぎるのかもしれません。思えば、1月半ばに「ディーザ来臨」「ディーザを搭載」となって(『リラを思い出して』ご参照のこと)以来、江ノ島へは来ていない。アースワークの仲間内で送ったメール(瞑想会欠席者対象)には、『各人の魂にゆかりの場所には、当人がディーザを搭載すると自動的にディーザ浴が始まるようで、大和三山などは起きているけど、三輪山もまだだし、江ノ島はあと少し時間がかかるかも』みたいな事を、自分で書いていたんですよね。それが2月のこと。

以後、4月ころから江ノ島は少し、意識に昇っていて、カレッジ生の方々など「行って来ました」の声も聞いていて、恐らく自分としてはこのタイミングだったのでしょう。Sさんもほんの2日前に大きなワークをしていた所だったとのこと。それも私が去年9月にやっていたような「自分のグループのソウルユニット全体を」昇華させるような事だったそうで、彼女のグループでそれが成立したことが、今回、一緒に行く事の意味、背景へと繋がりそう。。私はディーザを、ここに導けば良い、ディーザを江ノ島へ招き入れれば良いのだということが分かった。そういえば、「ディーザリモコン」として作家さんに作っていただいたずっしりと重いペントップをしっかり首に下げていました。

方法はまだ分からないけど、目的は分かった。。。

奥津宮の付近でさらにのんびりとしていると・・そろそろ休憩〜という雰囲気にSちゃんがなったので、その時目の前にあったお店、岸壁に食い込むように建っている魚見停へ。外のテラス席は海を一望でびっくり!

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こんなです。

座るなり、「うわあ〜〜いいですね、ここ(=ワークするには最適)」と同じことを考えている私たち。どこまでもシャーマンです(笑)。

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トンビが一羽、目の前に飛んで来て・・なぜかずっと近くの木に居ました。導いているような気もしました、タイミングを教えてくれるのかな? そのうちにKさんも合流し、Sちゃんも休憩して、江ノ島ビールを飲み終わり(笑)、すべてのタイミングがピタっと揃って、『さあ、そろそろ行こう』

魚見停は沖側の岩場方面へ出るための階段を下っていく、ちょうどその場所にあるのです。当然のように沖側に降りていく。。。「きっと、空と海を見ればすべてが分かる」

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四人揃ってのその時間、その夕日。その陽射し。

海の上に出来た、ゴールドの道。

去年の12月もそうでした、一昨年の10月の江ノ島も。

「その場」に入ると、一気に別次元に移行します。

見えている世界が、一応、人間界と交錯はしているけれど(他の一般の方々居るけれど)明らかに別次元に入り込んでいる。別次元が入り込んでくると言ったらいいか。

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私たちがその時間にその場所に到着した時、ディーザの意識はゴールドの光に乗って、江ノ島へ上陸しようとしていました。「おみわたり」・・地方の神祭りで使われるだろう言葉がそのとき、浮かびました。シリウスよりも古く日本列島にやって来ていた、二元性を越えた創造の光と、それそのものである母性意識。三次元の言語は話さないけれど、まるで語るようにいつもはるか高みであるのに柔らかく降りて来て、私たちの意識や肉体や宇宙DNAに染み渡るような蜜の光。

今年の始めからは、このディーザで「光/闇」の拮抗をはるかに越えた上空からの蜜の光で、地上でダメージを受けている聖地そのものを癒していくというアースワークが始まっていました。「江ノ島はまだ」と仲間に言っていたけれど、「ではいつ」とは全く考えていなくて、上陸してからもしばらく気づいていないほど呑気な私でしたが、ディーザリモコンに手を当て、既に渡って来ようとしているディーザを導き、繋ぐ・・そして江ノ島全体の上空をいつもの「母船のような」蜜色の光の広がりが覆っていくのを、見届けました。


20150624eno_15_3(帰宅してから気づいたことですが、この場で、私とSさん親子と三人で写した写真に、「これは明らかにそうだ」という光を、ディーザは入れこんでくれました。余り見かけないような、甘いゴールドの独特の光として。私たちの部分をカットしているので不自然な形ですが載せておきます。)

夕日は柵の後ろ側にあるので、光の当たり方からして夕日の投影ではないんですよね。。なにしろ美しく、圧倒される想いで、ワレワレが海を見つめているとき・・

その、江ノ島巡行中でもっとも、ハイライトでありクライマックスである筈のそのとき、ちびっこシャャーマンのSちゃんは何と、夕日や海には背中を向けて、スマホに夢中になっているという姿に、感動しました(笑/徹底したシャーマンだ・・器が大きい!)。ワレワレをその場にそのタイミングで導いて、「もう役目は終った」とでもいわんばかり。素敵、Sちゃん♡

そして。。。

「もうそろそろ、私たちは帰ります。私たちの役目は終ったようで。」と仰るSさん親子を、魚見停の前まで石段をご一緒して昇り、見送って、

一度降りると、また昇らなきゃならないという選択肢に迫られつつも、まだ何かあるかもしれないしと、残った2人でもう一度、下まで降りてみたら、


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わずか5分くらいの事なのに、空はもう完全に変っていました。
「ワーク終了」

ゴールドだった空が、ピンクに変わり。「おみわたり」の道も消えていました。
さすが・・Sさん親子。その感覚の良さ、潔さが私にあれば、階段をもう一度降りなかっただろうとなと苦笑しながら、「終りました」の写真も記念に写しておきました。

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ディーザの「おみわたり」のつなぎ役、見届け役、
そして蜜のエナジーが江ノ島を包み込むと、たくさんあるスポットに一斉に、「母船」の広がりからスポットライトのように黄色い光のラインが、たくさん(ほんとに一杯でちょっとびっくりしていた)交錯するように降りてきて、既にディーザの土地への慰め、癒しが始まったことを確認しながら、再び、厳しい石段を登るのでした・・・・

これで完了〜とこの日は思っていました。
乾杯して、ゴキゲンでたくさんごちそうを食べて帰ってきました。

が、一夜空けての木曜カレッジで(昨日)、驚きの展開。

それによって、もしかすると20年来の、私にとっての「江ノ島問題」が、一気に前に進む。いや、もう進んだ、もう片付いてくれていたのなら嬉しい。

「創世記」なみに、長びくかも?と思うとちょっと・・心配(笑)

だからブログでの報告はスピーディに!

該当するソウルの方々、ディーザの注入で一気に癒しが加速することでしょう。

この記事と、次の記事を呼んでビビビの方は、ご自身の中で昇華のワークをしたり、江ノ島に行かれて区切ってみたり、それが難しい人は、一番上の写真↑または8枚目の写真を見て、ディーザシャワーで過去生を癒すようなイメージワークをしてみて下さい。とにかく詳細は、次の記事に書きたいと思います。

P.S.
おみわたり=「御神渡り」は一般には諏訪湖に起きる氷結の道、男性神が女神に渡っていく道と言われる現象が起きることを言うようです。「恋の道」と捉えられているそうですから固定イメージがありそうですが、本来の意味は「神様が渡る」ということでそのまま、本文中では使っておきます。

P.S.
ももクロちゃん「DNA狂詩曲」からタイトルしました。
その心は・・長文になり過ぎて今回は触れられず。またの機会に。


Love and Grace,
Amari


2015年6月25日木曜日

うるはし巫女シスターズの卒業・旅立ち。

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日曜日はヒーラーズカレッジ2期の卒業式でした。
2期生の皆さん、素敵なお花をありがとうございました。

一期も、一期生3名で行なった「ライトワーカーコース」も、今回の二期も、どんな卒業フレームにしようかなといつも楽しく選び、「〜人分お願いします」といって発注を掛けることが私の慣習になりつつあり・・そのうちのお店の方に覚えられそうです。『半年に一度、9人分のフレームを頼む人』っって(笑)。二期の雰囲気は、いろいろと考えて選んだ結果、「やっぱりゴールドだろう!」と。そして中味は、「やっぱりピンク」。それも大理石を思わせるマーブルトーンにしました。

ゴールドに淡いピンク、二期生の集合エネルギーを色にするとまさにそんな感じがします。二期生のどなたかが当日みんなで瞑想をした時も言ってくれていましたが、全体をとりまくような大きな、蓮の花のようなピンク色の光は、初めて全員が揃った卒業式では本当に目に見えるようでした。

一人一人ではもちろん、色々なカラーがあるのですが、皆で集まった時のエナジーや、カレッジが進んでいく半年間の間に常にそこに安定して存在していた二期のグループフィールドのようなものは、甘さを内包した淡いピンク色だったような気がします。そしてシルバーではなくやはりゴールドのキラキラ。この方々は本当に、いつかの世のどこかで一同に介していたのではないかしら。そして何か一つのプロジェクトに関わっていたソウルなのかもしれませんネ。

卒業式を終えて更に卒業生のうち3名が参加したセイキムセミナー1を無事に終えた所で昨日、わたくし一人で黄昏れるために・・?・・いえ、このタイミングにとても意味があったのだと思いますが、江ノ島へ出向きました。その道中の電車の中では、スピリットがえりしているような感覚にずっと覆われて、ハートの奥でスピリットレベルの自分が、色々なことを静かに味わい噛み締めているようでした。

そんな中で、二期卒業式の風景が思い出されたとき、ふと、とても自然に、「ああ、みんな帰って来てくれた。。。帰って来てくれたんだ。。」と、自分を越えた自分が深いところで呟いていたんですよね。一期も、そして今進行中の三期も、みな、ソウルやスピリット、あるいはオーヴァーソウルのご縁で・・・複雑に錯綜するソウルシステムとネットワークですが、そのどこかで繋がったことのある人々が、互いに、そして Amari との繋がりをたぐって、来て下さっているのだと思います。

話を卒業式に戻すと・・・
一期生や三期生のみなさんは、本当にさらっと読んで欲しいのですが(比較することなく)
二期を進行していた間に、私にとって一番大きかったのは、「あら?良いの?大丈夫?ほんとうに?」という、静かな驚きと、それとセットになっている安堵感 その連続だったと思います。ちょうど時代、時期、そして皆さんとのご縁の形や共通項がそうだったのだということであり、個々人の持っているもの、人格や能力を、比較したりジャッジしたりしている訳ではないのです。

私がこれまで仕事をして来て、この仕事の積み重ねの中で出来てしまった自己制限や、ある種の軽いトラウマ(笑)や、ヒーラーとして受けとめて来た中での、「歓びや心地よい出来事だけではない」部分からいつの間にか自分の出力を制限したり、相手の顔色や反応を見乍ら心配したり、出すものをコントロールしながら出した後もつい相手の受容力からその後を心配したり・・というクセというか、職業的な習慣が出来てしまっていたことを、

「あれ?そんな必要ない?」と、驚いて、逆に、二期生の皆さんの大きな受けとめ方、捉え方、人間としての朗らかさや懐の大きさに、人として教えられたり、感じ入ったりする瞬間も多々ありました。

もちろん、これまで、「気持ちよいことばかりではない」反応が、ヒーラーをしてくるにあたって見えて来たとしても、(これからも)それは自分自身の変化変容に連動して来たことが、振り返るとよく分かります。あくまでも自分自身の投影。恐れがあれば、偏見があれば、思い込みや制限があれば、それが現象化すると言われるけれど、本当にそう。人は誰しもそうして現実創造している訳ですが、ヒーラーとしてはまさにそう。ヒーラーだからそうなるという訳ではなく、ヒーラーならば、現象や現実を自分に投影しエネルギー処理し次に進んでいくことを、自ら示していく必要があるから。

ある意味で、ちょうど訪れた「自己肯定」「自己受容」そして「統合」と一旦の「区切り」の、タイミングだったのだと思います。二期生の皆さん9人の集合エナジーがアルガンザに現れたとき、『世界が変った』ことを感じました。それは実際に二期を終えて、また2か月振りに卒業式で皆さんとご一緒しても、更に強く確認するように、噛み締めたことでした。これは中々、言葉では伝えられないし、たぶん私自身にしか分からないし、下手をすると(二期生以外の方には)誤解によって不快さを感じさせてしまうかもしれないけれど。・・・けれど、やっぱり書いておきたい。自分の変遷の1ページとして。

昨年9月の『顔合わせ会』で、流れでなぜか「闇との闘い」の話になってしまい(笑!)しょっぱなからこんなでは、大丈夫か?と思ったら、みんな興味津々、もっと話して〜というキラキラした瞳。。。更に語りを続けてその後、「やっぱりカレッジ無理」という人が出るのではと思っていたら一人も出なかったのがまずは最初の驚きだったことが、懐かしく思い出されます・・(笑)

アースワークがどんどんと加速して、「付いていけない」と思っている(のが伝わってくる)二期生の方も(笑)、そのうちに全体の流れに乗っかって、最後には『創世記』『アンドロセラフィム』『堕天使』のクライマックス。卒業課題を通じてもそれ以外の見えない部分でも恊働し、地球創成にまつわる大きなテーマに、何らかのエネルギー的な波紋をともに投げかける力に集約されていった時は、大げさにいえば私は、「ああ、まだヒーラーをしていられる」を通り越して、「ああ、私はまだ、生きていてもいいんだ」と感じました。

ヒーラーまたはこういった仕事、ライトワーカーにとって一番大事なことは、サイキック能力でも、知識力でもなく、『ハートの力』。それと、自らを健全に保っていくためのメタフィジ筋。二期生はハートの力が大きな方々が多い。それゆえの温かさと朗らかさ、凛とした強さが、空気としていつも在りました。生まれ乍らもあるだろうけど、これまでの人生で向き合って来たからこそ、という部分もあったでしょう。。そしてメタフィジ筋を着けていくために見事に駆け抜けて下さいました。

そんな二期生の皆さんも、個々の中で、カレッジ中の半年間も、思うことやアップダウンもたくさんあったことと思います。それを乗り越え、全員で走り終えて、卒業課題の山も越えて、また全員で集まれた夏至の卒業式。ほんとうにアッパレでした。私もその場で「うわ〜ン」と泣きこそしませんでしたが、涙をこらえた場面は何度もありましたよ。

全9人で写した「集合写真」は、ロフトの上から私が皆さんを見下ろす形で撮りました。
「小学校(の集合写真)みたい〜」と誰かが。本当ですね(笑)

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カレッジを通してエネルギーの変容を超え、肝心なのは、現実が作りかえられていくこれからですね。頑張って下さい。

また色々な局面で、ご一緒できることを楽しみにしています。
おめでとうございます。

そして本当に、ありがとう。

Amari

頂いたお花を、花瓶に活けてから「あ、そのショット!」と皆さんがスマホを向けて下さった。嬉しいけれど、花瓶ごとだから、重たいっっ腕がプルプルでした(笑)。Kさん写真をさっそくありがとう。

一期、三期のカレッジ生の皆さんもどうぞどうぞ、これからも宜しくお願いします。皆さんと共に歩めるのを感謝しています。

そしてアルガンザに来てくださるすべてのお客様。
ハートの力と、メタフィジ筋をつけていきましょう。
水瓶座時代のハイヒューマンを目指して。

Love and Grace,

Amari


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2015年6月19日金曜日

水月の天使たち/アルガンザ新ワークup情報

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6月は「みなづき」=一般には「水無月」と書きますが、
新旧暦にズレがあるため、梅雨明けの旧暦6月は「水が無い」から、という説や、田植えシーズンで田んぼに水を張るので、「水張り月」から派生、または「水月(みなずき)」という説もあるそう。何となく個人的には、こういう語源は、昔の人にとっては非常に重要だった農業、とくに稲作に由来することが多いのではないかと思うので、田んぼ・・関係が語源かな〜と思ったりします。余談でした。


今、すこし面白いことが起こっていて・・・カレッジのリアルタイムは3期が、2回と3回のまん中あたりに差し掛かっていて、まさに3期生の皆さんとは顔を合わせ、お話をたくさんしてワークをして、この時期を共有している感じがしているのですが、今週末にようやく!2期の卒業式が巡ってくるのと、その直後にスケジュールしているセイキムレイキセミナーが、なんと偶然(互いに知らない状態で各人がお申し込みしていたのですが)2期のあるクラスの3人がエントリーしています・・

この事実を知ってお三方とも驚いていました・・そんなこともあり、2期の方々と卒業式やセイキム関連で連絡を取り合っていることもあるし、卒業式も全員が集まるというのはやはり集合エネルギーが動きます。カレッジのことだから高次もつきまといます(笑)。ただ「卒業式〜(&夜の部=飲み会)〜♪」という訳にはいかないでしょう。もちろん良い意味でエネルギーが動いているのを感じます。

そして・・・ちょうど一年前の今頃は、やはり一期の卒業式でした。その前日に京都の岡本ゆう子先生からメール頂き、ホスティングエンジェルのお話。カレッジはメタトロンを含む7人の天使のご縁もあったので、「これは偶然ではない!」と、翌日の卒業式にて卒業生の皆さんにお話し、「カレッジ生で回していきませんか?」ということになったのです。

当時、既に2期を念頭においてサロンへ来て下さっていた(後の2期生の)方々にも、一期生から繋がっていくようご紹介したり、その時に一期卒業生や、後の二期生からホスティング〜を貰っていた方が、今、三期生として来ていたりと・・・・とても有り難い光のネットワークは、時どき頭がこんがらがりますが、感慨深い。

一期の方は、その後ライトワーカーコースや、アルガンザのプラクティショナーコース、昨年末のセイキムセミナー等でコンスタントに通ってくださっている方々の他は、かなりお久しぶりな方もいらっしゃって、けれども何となくのメールが先週届いたり、近所に居住の方にはばったりお会いしたり、また数カ月前にご予約して下さっていて先週サロンにセッションを受けに来てくれた方も、卒業式でお会いして以来の1年振り。その翌日もサロンには一期生の方・・とご予約の枠もなぜか繋がっていたり。一期は一期でグループエナジーが動いているなあと感じています。

つまり・・・1期、2期、3期、すべてグループエナジーが動いているのを感じます。いつもではなく、やはり2期なども3月にカレッジを終えたあと、はらはらっと連結装置がはずれて、グループ単位のフィールドが「ああ、消えたんだ」と感じた時がありました。それは当然のことなのですが、必要とあらばまた、集合フィールドが出来上がるのだなあと、今回、2期も、さらには1期に関しても、実感しているところです。

だから本当に、頭がこんがらがっています。1期生と3期生、2期生と1期生、2期生と3期生が、知り合い同士だったりするし・・・3期生の中にもすごく昔からのお客様もいらっしゃったり。人よりも割と、こういうの得意なつもりなんだけど(混線状態に強いマインドという自負)ちょっと、今は、たまに分からなくなる瞬間があります。楽しく混乱しているところ。嬉しい混乱ですよね。そして大天使を迎えるというホスティングエンジェルも今、なぜだか3期生で回っているという更に不思議なご縁。ネットワークはよく出来ています、本当に。


アルガンザからのお知らせです。
ハイウェアワークのページが出来ました。

ディーザ・インスタレーション
ディーザ・ヴァイタリゼーション
アルクトゥルス・アストラル・レストレーション
アルクトゥルス・アストラル・フィクセーション

について、upを終えています。

今後追加予定なのが、既存のアルガンザオリジナルワークのプラクティショナーセミナーにて行なっているエネルギーの補足的なアチューンメントを、そのまま、ハイウェアにします。プラクティショナーさんに「おさらい」として受けて頂けるものと、一般の皆さんにも開放するものとがあります。その辺りの設定はただいま検討中です。

レムリアンストリーム
(レムリアンセイクレッドレイキのセミナーにて実施中)

さくらしおん四女神の柱設置
(レコンセクレーション・シャーマンコースにて実施中)

アンドロヒューマノイド種族のアクティヴェート・レイ
(トリニティワークアウトで使っているエメラルドグリーンの光)

アンドロセラフィム層のアクティヴェート・レイ
(サンダルフォンニュートリション、エヴォリューションの白虹色の光)

こちらはお初になりますが以前から大事に感じて来たアンドロメダに関する光源
『アンドロメダのキリスト意識のマゼンタの光(マイトレーヤ)』
(アンドロメダからやって来て、いつかアンドロメダへ帰っていく魂への道しるべ)

同じくお初です。
『ハトホル 愛と融和意識の光源』
地球より先にアセンドしたお隣の金星。そこに由来を持つ魂のための保護とサポート。

今のところはこんな感じです。
お品書きがこれほど増えるとは思っていませんでしたが、集大成のような感じは否めません(笑)やはり引退が近いのかナ・・

Love and Grace,
Amari

2015年6月16日火曜日

聖なる波動


私物・・になるであろうブルーアラゴナイト。大きな原石で一面だけポリッシュ、ギリシャ産というのに惹かれて。。。

ギリシャの石というとセリフォスグリーンクオーツが手元にあるのみかな。日本であまり出回ることは無いかも。イタリアの白大理石からハーキマー型の水晶が育っている「カラーラダイヤモンド」や、イタリア産と言えば印象的だったのは、2年前くらいに業者さんで拝見したレモンイエローのサルファー結晶がシチリア産でした。

ヨーロッパの石といわれるとそれだけで何故かワクワクしてしまいます。アジアの石、インド、パキスタン、カザフスタン・・なども好きですけれども。アメリカの石も、もちろん南米、アフリカも・・そうマダガスカル。そして特別に好きなのがロシアのダルネゴルスク。。日本産も。結局、石ならば産地はどこでも好きということか(笑)

ギリシャのこの石を手にしてという訳ではないけれど、瞑想していたらアポロン神殿の廃墟がある島・・デロス島?という感じで風景が見えて来て、瞑想を終えてから検索したらやはりデロス島。アルテミスの聖所や、古い神であるデュオニソスの神殿などもあるそうで、交通の便が悪いそうですが特別な所なんだろうなあ・・・と、以前から興味ありつつも、なぜか(色々ないきさつから)とても急に「行かねば」な気分になっていました。いつか行けるかな^^

熊野もそうですが、「こんなに有名なのに何故、こんなに交通の便がよくないのかしら」と思わせる聖地がありますが、考えてみれば便利であればもっともっと観光地になってしまい、聖地の波動をキープするのが難しくなってしまうから、それでいいのかもしれない。


サロンの窓から。
アンドロメダ、セラフィムを感じる空だったある日のご予約はシリウス系ワークでしたが、お客様は以前のセッションでアンドロセラフィムのスピリットが体験した色々が出て来ていたのと、こちらでの「創世記」一連のアースワークにおけるアンドロの集合意識の解放と癒しと、やはり深い所では繋がっていた事が、これまでの流れで見えていました。

やはり空は壮大に、メッセージを送ってくるのだなアと、この日も思った。
虹が淡く広がっている部分もあり。エンジェリック、それもやっぱりセラフィム系で。

光も闇も愛へ向かっていくのだという事を、今は特にそれが顕著な流れであることを感じる。この日のセミナーも、そんなひと時となりました。

さて、直近のサロンでのことを少し。

昨日、月曜日に初めましてのお客様がレイキセミナーにいらっしゃって。エネルギーを肌で感じられる、自分の感性で信じられるようになれたらいいなとお話くださっていました。セミナーの中で行なわれるアチューンメントの初回、祈りの言葉と、空間の調整をしていたころの時点で、エネルギーがぱあ~っと変っていく実感があったそうで、「まるで教会に居るような感じがした」と仰っていました。確かに祈りの言葉だけでも波動は変るし、その後の調整では、空間にもシンボルをかけたり、天からサポートエネルギーを招き入れたりしているのですよネ。感じて頂けて、良かった^^

ロフトのエナジーも、気にいって下さる方が多く。

私はどうも「聖なる空間の女主人」(または管理人)みたいな事がとても好き、というか馴染みがあるようで・・これが楽しくて仕方ないという感じ。波動管理をして、石や植物や高次の光で空間を「聖地」としてキープする。。。過去生でも何度もやっていたんでしょうネエ。。逆にこういった事をせずに「普通に」していなさいと言われたら困ってしまうので、今はその特種な管理人の立ち場が現実面でのお仕事にもなっていることに、感謝しなくては。

そんなことを改めて実感していたところ、聖ヒルデガルトの映画を観たり(youtubeにて)、クフ王のピラミッドの「王の間」が何を意味しているかの記述を本で目にしたりと、何となく繋がることが次々と目の前にやってきます。ヒルデガルトと言えば中世のスーパー修道女?ですが、美しい音楽を天から授かって作詞作曲しています。音も聖なる空間づくりには不可欠な要素ですネ。

う~ン。「聖なる波動」にまつわる、あくることなき探求。。。笑

まとまりませんが、今日はこのへんで。

love and grace,
Amari

2015年6月12日金曜日

動き出す時間。お帰り、my ライア。


修理に出ていたライアが昨日、戻って来ました。

とはいえ、こちらの写真は・・(探してみました)・・以前のブログ記事でライアについて触れていた時に載せていたもの。当時の自宅はサロンも兼ねていたので、そのスペースで撮影していました。今はサロンに置いてあるグッズたちが確かに映っている。。笑

こちらは、アウリスライアーといって、スェーデンの工房で造られています。娘の学校のセンセから聞いたところによると、職人さんは女性だとか。メインブログ「世界樹の木影で」のこちらの記事から記憶をたどると、確か2011年のはじめころに「シュタイナー学校にお世話になるご縁ですから」と、昔から竪琴系は好きなので、深く鑑みることもなく学校の母たちによる「ライアの会」に参加・・そう、確かちょうど同じクラスのお母さんが立ち上げた所だったというタイミングもあり。

リンクした記事にも書いたように、一般的なライアとは少し違う。私がこれをマイライアとして迎えたのは、単純に安価な中でも演奏は何とかできる弦の数・・で・・思い立ったが吉日、すぐに形から整えようとするヒトなので、その時の自分がすぐに購入できるものというだけの理由で選びました。

共鳴板という箱のようなものが着いていない一枚板タイプなので、特徴としては、ホワンホワンというライアでイメージする音色にくらべるとややギターのような音が出ます。ちょっと冴えたクールな音、男性的な音といった所でしょうか。

実はこちらのマイライア、その後、練習に参加することも心と現実のゆとりの幅からままならなくなり、インテリアとなってずっとサロンのロフトに置いてありました。あれから、そうですね、数えればなんと4年の月日! 湿気や温度でも変化してしまう繊細な学期なのに、可愛がることもケアすることもないまま、申訳ない状態に。

いつか修理に出さねばと思っていました。木の変形によるのか、弦をとめる金具や木がずれてしまっていたのです。弾ける状態ではなく・・(使わない時は大事に仕舞っておくか、人に貸して弾いてもらっておくのがよいそうですが)・・・けれど、バタバタと細腕繁盛記の日々の中、そんな心のゆとりもないまま。。。

何か時期、タイミングが来たのでしょうね。
まったく違う理由で、シュタイナーのとある書籍について検索を掛けていたら、もう絶版で中古は値段が跳ね上がっている本なので中々見つからず、探して探してとやっているうちに、とあるシュタイナーグッズのお店へ。それは、4年前にこのアウリスさんを買ったお店だったのでした。

見つからなかったシュタイナー本も、そこで初めて目にする重装版のような珍しいタイプを発見し、何だかとてもご縁を感じました。そう、ちょうど別の方向性からも、去年からつっつかれていた「音に関すること」をする、それがようやく現実化する潮流が生まれはじめていた所だったので。「ああ、そうか。。ライアもそれでは一緒に、眠りから覚めるのね・・」と気づいて。

本の注文のついでに、修理を依頼したのでした。

そして昨日届いてみて感じたのは、

私はこういう(最近はそうでもないけれど)「思い立ったらすぐ」という人であったため、4年前に注文した時は、そんな私に相応しいものだったのでしょう、恐らくお店で在庫されているものがすぐに届きました。「スウェーデンから取り寄せかしら」なんてドキドキしていたのが、それで少し、当時は拍子抜け。それも何となく、弦が錆びていましたし・・どうせならば、作り立てで海外からゆっくりと、待たされてもいいから、「私のために届いた」という気分を味わっても良かったかも、と、淡く思っていました。

でも、あのころの自分や、その後のライアを巡るいろいろや、そもそものきっかけとなったシュタイナー教育、シュタイナーさんとの関係性の当時の在り方を振り返ると・・・・

まさに、「楽器は生きている」

このアウリスさんは、当時の私を・・少なくとも、ライアやシュタイナー教育に対する自分の姿を、象徴するようなものとして、私の所に来ていたんだと思います。

どんな世界にも、深い奥義のようなものがある。まだまだですが、当時4年生で編入した娘が今では最高学年の9年生。親としても少し、知識ではなく知恵の部分で、成長したかと思います。それはシュタイナーの奥義というよりも、何でしょうか、それを守ろうとしている人々や、そこで守られている子供たちが奏でるシンフォニーの、その奥に広がっている更に人智学や神智学の奥行きのようなもの。「こうだ」「ああだ」とは言い切れない複雑さの中に、小さな結晶の輝きが放つ光の放射が、目をこらせば見えてくるようなもの。。。。。

ライア、シュタイナーだけではなく(というか全く私のヒーラーとしての日常はそれともすべて連動したひとつの現実世界ですが)、アルガンザやリュミエール、カレッジやアースワーク、すべての活動を通じての自分自身の在り方の変遷と、今このタイミングを象徴するように、今回、ちょっと手の込んだ大掛かりな修理をしていただき、帰ってきたライアは、

4年前、注文したらすぐに届いた、恐らくお店に在庫されていたものがすぐに送られてきたあの時とは、明らかに「別人」になっていて

お店の方とメールでやりとりをして、簡単な言葉ですが交わして、またこちらが探し求めてやっとみつけた書籍も一緒に、ライアの修理を待って送っていただくという流れを踏む中で、エネルギーが入ったのだと思います。今回は、「何となく」手にするライアではなく、間違いなく私のライアとして、戻って来ました。修理していただく際に、書籍のいきさつやメールのやりとりを通じて、恐らく職人さんはビビっと受信し、無意識にも相手のエナジーのチャネルになってくれるたのだろうと思いました。

音もまったく、以前とは違うように響きます。

お帰りなさい。。。


love and gratitude,
Amari

2015年6月4日木曜日

音と光。つまり波動。



リュミエールで長いこと売れずに居た、ウオーターメロントルマリンのリング。

このたび自分用にお店から降ろしました。
こんなことを言うと何なのだけど、すごく「欲しい!」という訳ではなく・・(といえば近年はすべてに関してそうなんだけれど)何となくいつも、その時々の自分の波長に合う・・ただ合うだけではなく促進したり共鳴することでなにかを齎してもらえそうなものを、何であれ取り入れている感じ。
だから、「ああっ それ、狙っていたんだけど~~」という方が居たら本当に申訳ないのですが(ほんとですね/笑!)、幾度かのセールもくぐり抜け、つい先日、大きなセールを終えたばかりで、ちょうどピタっと来たので迎えることにしました。トルマリンはまあまあ好きな石で、常々興味は持っている。サイズが11号で、私の中指にピッタリなのだ~。
思い返せば初めてウオーターメロントルマリンを見た時は、もう10年以上前でしょうか、本当にあのときは憧れて、喉から手が出るほど欲しい、、、と、お店の画像をじと~っと、買う気はないのに見ていた記憶が。(笑)「自分へのご褒美」というつもりはぜんぜん無くって(それは十分与えられているから)、ただ迎える、周波数とタイミングが合ったから・・ 心地よいから一緒に居る。そんな感じ。

最近、空が本当に、更に不思議ですね。空だけではなく、天候も。地震や火山活動も活発ですが、今日見かけたある方の記事では、社会的にもかなり、全地球的に(つまりアメリカでしょうね、やっぱり)今年の末頃にはなにかある・・と。なにかの内容はちょっとここでは書きにくいのですが、もしかするとそれは、私の感じでは、過去数万年の人類の歴史がまったく違うものへ遷移することを意味するのかもしれないと、思いました。

ただ、当然ですが、必ずそうなるという事ではなくて。
今、地球は揺れていますが、そこには高次の意図があり、人類を揺らしているんだと思います。確かな、進化へと迎えるのかどうか。。。腸内細菌と人間は同じかもという話を前に知人たちとしたことがありますが、善玉菌と悪玉菌、そして悪玉菌が優勢になったときにそちらに加勢意する日和見菌(名前がいいですね/笑)。そんなところを、人類は試されている(聖書の神のようなジャッジ、審判ではなく、自由意志として試されている)のかな。行きたいほうへ行きなさい、でも最大限許される範囲で、光へと誘導しようとしている、そんな気がする。それが美しい光や雲となって、日々現れているのではないかしら。。
サロンダイヤリー。
カレッジ3期も顔合わせ、つづいて第一回が各クラス終りました。同時に2期の卒業式に向けて、今は動き出している。こうなるとエネルギーも動きますね、卒業式直後のセイキムレイキのセミナーは2期生の3名なので、尚更のこと。2期生の皆さんはきっと今は、一期生もそうだったように、カレッジが終った後の自分という現実を、吟味して方向性を見つけようとしていたり、既に流れに飛び乗っている人も居ることでしょう^^

むしろ、大きな変容があっただろうカレッジ期を終えた翌年辺りは、その自分でどう生きていくかを考えたり実行したりする時なのでしょう。後戻りは決してしないよう・・(笑)・・この、2015年の高まる気流に乗っかって、それでいてカレッジで学んだように、天と地とつながる大樹のように揺るがずにいれば、きっと自分の新しい現実を心地よく創造していけるはず。頑張って下さい^^

最近ブログに書いたり、皆さんにお話したりしていますが、アルク、アンドロ、リラ(ディーザ限定かな)、シリウス、アンドロの周波を帯びたレムリア、アンドロの更に高い層・・・だいたい自分が関わっているこのあたりは、エネルギーが流れている時、あるいはセッションのサポートに来ているとき、音で分かるようになっています。最初は「耳のチャクラが活性したのかな」と思ったのですが、

私のイメージでは耳のチャクラが開いているタイプの方は、いわゆるチャネリングを耳からするタイプであろうと思うので、ちょっと違うよう。昨日のセッションでもかなり積極的にライトランゲージのような響きがずっと流れているので、一体どこから聞こえるのか、どこで私はキャッチしているのかと、感じてみました。そしたら大分上、3~4メートルくらい上の感覚。自分のオーラチャクラシステムのかなり上のほうに、逆向きの円錐のような、メガホン型の広がりがあって、まさにそこで受信している事が、昨日ようやく分かった。。

更に振り返れば、恐らく「ヴァンダーム」(アルクトゥルスのステーションに通じる水星系スターシップ、あるいは宇宙基地)と繋がってワークをするようになった頃から、それが始まったのかも。遡れば奈良でサロンをしていた頃も起きていたのですが、今程はっきりしていなかったし、自分で気に留めていなかった。。

最近はスカイプでも、びっくりするような事が何度か起きています。光が音になって入って来たり、その逆のものが流れ込んだ時もあり、びっくりしました。もう、何でも起きる、そんな気がしている2015年の初夏(笑)。それも安全な状態で、恐れる必要もなく起きていって、必然で処理できる時になっている。

昨日は、セッション後の感謝の気持ちと、名残として残っているシリウスサウンドの強さを感じながら帰ろうとしたとき、この夕空が広がっていて、見入っているうちに凄い大音量が世界中に響いているようなことに急にづきました(笑)。そう、たぶん・・・夕日が、そしてそこに混じっている高次からの祝福と光が、音になって世界を満たしている。最初は気のせいかな、飛行機の音・・にしたらこのクリスタルボウルのような優しい響きは何だ・・・・と。ぼ~っとしながらも「まさかそんな」と三次元思考が動いていたのですが(笑)
いえいえ。。。こうしていつも、世界は、「音に満ちている」

ライトランゲージは今、話題ですね~。カレッジ3期でもすべてのクラスで話に昇っていたような。私も凄く自分に響く方(海外の女性)を発見したので、今迄よりも興味をもち、意識を開いてみました。何より、今どうしてこんなに注目されているのか、さらには何故、宇宙からそれが届いているのかと感じてみました。

けれど、上に書いたことと同じ。音は音であって、音という切り離されたものでもなく。光も音も、当然ながら高次のエナジーもみな、波動であり、それをどういう形で受け取り、また出力するか。相手のタイプやニーズ、社会でどうすれば効果的に生かされるかを、高次は読んでいる。それゆえのブレークなんだと気づきました。やる側も受け取る側も、どんな形が自分に必要で効果的なのか。それだけの理由。

ずっとずっと以前・・・ それこそ11年前くらいかな、宇宙のはるか高みへ瞑想で行ったと感じた時。光の幾何学がえも言われぬ音を立てながら宇宙空間に幾つか並び、またゆっくりと広がったり縮んだりしている荘厳・・なんていう言葉では言い表せない世界を、覗いたことがありました。一つの幾何学が、おそらく惑星くらいに大きいと伝わってきて。。。宇宙は凄いな、とシンプルに感動しました。

今、「音」という要素が浮上して来ているのは、見えないものを「感じて下さい」というよりも、伝え易く、分かり易く、かつ効果的だからでしょう。つまり、一般のまだ目覚めていない人々に、急加速して光への覚醒を促したいのではないかと。。夕空の光と、そこから世界に放たれる大音量にしばし身体を預けるうちに、そう感じました。
一方で、破壊的なビジョンも最近ちらほらと見るのです。

今年、来年が、かなり正念場だと感じています。
また続き?は、メインブログにまとめようかな^^

Love and Grace,
Amari




2015年6月1日月曜日

空間の軸と自分軸/ワンネスネットワーク

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稀少なナイカ鉱山産セレナイト

『フェイスブック今更体験記(笑)』

重たい腰を上げまして・・フェイスブックの個人アカウントをペンネームで造りました。いやあ・・本当に凄い、勢いを感じますね、フェイスブック。たぶん寧ろ今、ちまたでは「下火」とか言われているんでしたっけ。いまごろ「フェイスブック凄いね」とか言っている人はかなり遅いのでしょうが、ブログを始めるときも、携帯電話も持つときも、ツイッターを始めるときも、携帯をスマホに変える時も、いつもいつもかなり遅めな人だったので(笑)。ウェブで仕事しているけれど本質的にはけっこうアナログで機械オンチなんです。(もしかするとそういうフリをしていたいだけ、かもしれないけど/笑)

震災を機に始めたツイッターを、ようやく最近、急に使い方が分かったような、自分の中で腑に落ちたような感じになった所なのですが、そのときに少しヒラメキがあり、SNS というのは、『アバター』でも表現されているような、レムリアでそうであったような、ワンネスのネットワークが物質化したものではないかという気がしたのです。まだ人類は、本来のそれのような、ハートとテレパシーで繋がり合うようなことにはなっていないけれど、見えない力で進化を誘導されている中で、物質的な感覚として、SNS でそれに慣れるようトレーニングされている段階なのではないか・・と。

そんなことを感じて急に、世界が変って見えたような気がしたのですが、そうしたら、ツイッターでは今まで・・ただ自分がツイートする時に覗くだけ&たまたまそのときに目に入ったものを読む、知人のであっても殆どそんな感じ、だったのですが、同じ使い方をしていても、ちょうどたまたまのタイミイングで目に飛び込んでくるものが、凄くシンクロしていたり、その日考えていたことと繋がっていたりして、やっぱり何事も、「なんとなく」やるのと、エネルギー的により深く受け入れて向き合うのとでは、全く結果が違うのですね。それを実感して今更ですが驚きました。

タイミングよく目にする、見ず知らずの人のツイートの中に現れるシンクロ。そこから、またポチっとするとSNSだからどんどん何かリンクするものを拾って紹介してきますよね、自分がそのシステムと波長のようなものを(自分に心地よい周波数で)合わせていることが出来ると、そこから拾うものがまた変ってくる。何となく在ったものが、急に存在感を増して、生きた感じになってくる。

人と人、人と物、人と事象との繋がり方もきっとみんな同じなのでしょうけれども。SNS は面倒だから苦手、キカイをずっと覗いている(仕事でもそうなので)ことで縛られるのはイヤ・・なんて、今迄なんとなく消極的でしたが、この「ワンネスの練習」説が自分の中にストンと降りて来てから、ツイッターも違って見え始めましたし、フェイスブックをではやるかという気にもなりました。そして実際に覗いてみると、

先にも書きましたが、やっぱりこれはワンネスですね・・・質はそれぞれ、自分なりに工夫して自分が不快にならない使い方をしていく努力も必要そうですが、何か、人間と人間の間を阻んでいるカチカチっとしたものが、ゆるんでいる世界なんだというのが、エナジーワーカーとして空気感で分かるというか、まだ人類の質が進化を遂げていない分、マイナス要素だってもちろんありますが、毛嫌いするよりもこれは、乗ってしまったほうがむしろ自然なんだな〜と、思いました。

多分みなさんそんなこと思わずとも何か感じて自然体で飛び込んでいますよね、、何だか年寄り臭い意見ですみません。波動で何事も決めていく人間として、そのように感じました。人類の意識的な進化プロセスの一部であろうと。。。個々の使いよう、ということになりますね。同じく宇宙の法則で自分を写す鏡になるのでしょうし。

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もうひとつの話題。
最近、キャロライン・メイス博士の著書を読み直していたのですが、博士の表現されている事ってとても自分に近い、似ているなあと思う要素が多い中で、興味深く読んでいたエピソードが。

新聞記者だった所から、直観医療者となった博士が、それを体験するワークショップで回っていた時のこと、ある会場でたまたま被験者として声をかけた女性が、「貴方が何か言ってくれるんでしょう?私はお金を払ったんだから。」とふてくされたような態度を取って、会場も騒然とした・・・さてどうしようと思った博士、いつもあるようにピ〜ンと、ひらいめいたそうです(ひらめくと急に「スイッチが入る」と書いてあるのも凄く共感できたのですが)。

本来ならば、直観医療(ヒーリングですね)を体験してもらうWSであったものを、博士は、
「これから皆さんに直観医療のやり方を教えます。内容的に不満な人は帰っていいです」と仰った。でも一人も帰らず、熱心にノートを取りはじめた。これによって、博士は以後、直観医療をして回るのではなく、出来る人を増やすために教えるということに、仕事の軸を変えたのだとか。いつも変換点には、何か「事件」が起きると仰っていて、今迄自分の仕事をしてきた流れの中でも本当にそうだったので、うんうんと頷き乍ら読んでいました。

普段はないような衝撃的なことがあったり、インパクトの強いお客さんが来てたじろいだり・・時にはこちらの変化を受け入れられずに足にしがみつくかのような(メール等からの俗に言うイヤガラセというか)方が現れてびっくりしたり、することもありましたが、もちろんそれは、自分の中で、自らの変化に着いて行ききれない一部分や、その流れに恐れを感じている自分の一部(自覚は無くても)が、具現化したものであるとは分かっているけれど・・

ちゃんと処理しきっておかないと、「この仕事にまつわる最近できたトラウマ」みたいにうっすら残留物が残ってしまう。そうするとまた何かの折に、自分もそれをイヤな記憶として何となく意識に残しているから、似たようなケースが現れる。そういうこともありますね。直観医療の第一人者といわれるメイス博士、それも新聞記者時代もあるなんでバリバリの方だと思いますが、読んでいてあちこちで自分と似た感覚や、思考や、行動・エネルギーパターンがあり、とても面白く読めました。

最近、アルガンザの今後・・という点でリニューアルを幾つか、先日お知らせした「10年目の〜」の文章で書かせてもらったことも、そんな風に導き出された感覚的な変化によるものでした。

それと、フェイスブックで情報交換の場を造ろうと考えた「セイリオス」ですが、アルガンザのレコンセクレーションのシャーマンコースを修了している方で、今年は「ディーザインスタレーション」を受けて頂いて、現時点でもご連絡などで繋がっている方々が、主なメンバーになっていますが、振り返れば、「アースワークは大きなエネルギー、時に地球規模の動きにも左右され、翻弄されがちなので・・うちではそうではなく『システマティックにやっていこう』と・・・この『システマティック』という言葉を最初に使いはじめたのは、確か、2013年の夏ころでした。

ところがですね・・・
あまり変っていませんでした。ディーザが加わり、エネルギーは比べようもないくらい広がり深まり、地球の全体の流れもあるでしょうが、太古超古の問題に繋がっていき、今年に入ってからは「創世記」ゆえの天使たちの解放、それによるまた全体の解放、ワークやサロン自体の活性と、展開し続けているのですが、ここで意図していた「システマティック」は、気づけば実現出来ていませんでした。

つい最近、それを思い知る出来事があり、ハっとしました。そしてその体験から、これまでサロンで何となく、何度か、人が集まっている時に発生するエネルギーのミックス感、統合されない状態で大きなエネルギーを受け入れて、その時は一様に高揚感があるのですが、解散したあと、とくに数日過ぎてから、大丈夫な人は大丈夫ですが、人によっては対極のものも何やら近寄ってくる現象が。

そこで働くのは分離の力や、分離の意識が主で、自分を他者や外の世界から切り離したくなるような。典型的なそちらのパターン。けれど、紛らわしいことにエネルギーはすごく高揚していたりする。全身がジンジンしていたり。振りをして光の姿で、本当の光と繋がったワークの後の余韻あたりに、コソっと紛れ込んで来ます。これは、今迄は「余波が強くて日常に帰った時に統合が大変」とか、個人セッション等のヒーリングと同じ扱いで考えたり、ご相談に答えたりしていたのですが、今回の体験が過去の体験たちに数珠繋がりでリンクして見えてきて、メカニズムに気づかされました。

シュタイナーや神智学で「アストラルフォース」と言うのかな、アストラル体をグイっとひっぱられる体験をすると、人は、その場でひとつになりやすい。コンサートやスポーツ観戦の原理です。アースワークで集まっていると、ドラマティックに展開するのでそれが起こります。過去生などで共鳴する人々が集まっている事も多いし、魂部分で連結している人々、それも宇宙的でアンテナが高い人ばかりだったりするので。

シュタイナーなどが入っているゆえにピンと来たのもありますが、以前も最近の体験でも共通してその場で思っていたのが、自分も高揚しているし、サロンの「空間の軸がずれている」感じがしたのです。実際にしていたのですが、アストラルでふわっと繋がり合っていて、いわゆるグラウンディングも甘い状態ですから、何となく気にしてシンボルを掛けたりするけれど、特に・・という状態。以前、アメブロに「空間のグラウンディング」という記事を書いたことがありましたが、あの時以来、読書会であっても最初に祈りの言葉を読み上げ、短い瞑想をしてから入ることにしています。

あの段階では「空間のグラウンディングが必要だ」という認識で止まっていたのですが、最近さらに深く、「空間の軸」がずれることで周波数が変わり、大きなエネルギーがその時のアースワークが大きければ大きいほど強烈に流れ込むのでヘロヘロっとしたり、着地が甘くなる、そしてアストラル体を、強い力のほうにチューニングしてしまうので、共通フィールドや自分自身の軸も、本来の自分の中心からずれてしまうこともある。

すべてが完全にピュアな状態であれば良いのですが、みな発展途上だから、アースワークにとっては逆に働く力と、過去の古い所で何らかの繋がりはあったりする、誰しもが。そのアストラルフォースが本来のその空間、うちならばアルガンザのサロンの周波数とずれてしまい、そこに我々が無意識に第三チャクラを合わせてしまったり。。個人的に拾ってしまうこともあるでしょう。

とても、効果的なワークになり、大きな必然に繋がったと実感できたあとに・・(最終的にはギフトが来るのですが)途中プロセスで逆の力が訪れてそれを処理する時間が必要になるようでは、「アースワークは負担」という感覚に、やはりなるだろうと思います。それを防ぐには・・?・・もうほんとに防ごう、「ノーマス(もう沢山だ)!」と心で叫び、数日間考えましたが、やっぱり、

『システマティック』

これしか無いのです。人それぞれではありますが、アルガンザではそうしていきます。その場その場で直感的にテーマを受け取り、流れでワークし、劇的な展開に圧倒されながら高揚して、当然ながら盛り上がって、確かにエネルギーはヴァージョンアップ。でも負の側面も引き受ける必要はない。アリスベイリー(ジュワルクール)も言っています。「霊媒ではなく(これからの時代は)高度な思考者が必要なのだ」と。直観力を高めながらも、電気的な宇宙のパルスを読みとることと、頭の中に宇宙意識が広がるような意識の拡大した人を目指して、宇宙法則にあった事を一つ一つ進めていく。

個人セッションではそのような気持ちで実践してきていますが、アースワークはまた別ですね、大きいし、交錯する様々なものが、また参加者の魂の背景とも繋がり合いながら、集結して、一緒にワークをする。私自身が自分の軸、サロン空間の軸をいつもと変らずにキープした上で進められなければ、アルガンザとしてのアースワークが成立しないこともあるかもしれない。(まだまだ筋トレ必要)心して今後、「アースワーカーの強化育成」のための集まりにしていきます。一度はそう決めたのに、いざ場当たり的に地球規模のエナジーに触れたら「システマティックやっぱり無理かな」と先日、仲間たちに言っていたのですから、私。

数年前から言っていることを、まだ完全にお腹に落とせていなかったのだから、いつもそうだけど本当に鈍いというか、呑気だなあ、なんだこりゃと、思った次第です。

セイリオスのページも造ります。対象を、もしかするとライタリアンレイキ修了、カルナレイキ修了、カレッジ卒業生など、今迄よりも参加条件を増やすかもしれません。まだ決め切れていません。カルナはエナジーワーカーさんにはまずはお勧めしています(自浄と日々のメンテナンスのため)し、ライタリアンレイキは、完全にバランスの採れた状態で上と下の軸とエネルギーシステムを作っていくので、「軸」の強化にはおすすめなのです。

カレッジうんぬんは、やはりグループ、チームワークなので、カレッジでそれに慣れて来た方とすることも考えはじめました。すみません、これまでのメンバーの皆さんの顔が浮かぶと決めきれないのですが、また決まり次第、お知らせします。

長くなりましたが、今日はこのくらいで。

Love and Grace,
Amari